東京高等裁判所 昭和38年(ツ)48号 判決
一、所論は先ず各通の判決正本は各当事者に個別に送達されなければならないのに、これに反した第一審判決正本の送達は違法であると主張する。もとより一方の共同訴訟人である複数の当事者本人に対し判決の送達をなすべきときには、各通の判決正本を共同訴訟人全員に個別に送達しなければならない。しかし、ある当事者が共同訴訟人である他の当事者の代表者(または代理人・法定代理人)の資格を兼有している場合は、共同訴訟人全員のために一人または数人の代理人がある場合におけると同じように、その者に対する送達に際しては、一通の判決正本を交付すれば足り、これに反し複数の判決正本の交付がなされなかつたからとて、各当事者に対する判決の送達がなされなかつたと見るべきではない。原判決の説くところも、結局において、みぎと同旨である。けだし、民事訴訟法第一九三条の規定は、原判決もいうとおり、当事者をして判決内容(理由をも含む。)を正確に了知させ、その上訴期間の起算点を明確ならしめようとするものであつて、第一審被告多賀安郎が共同被告である上告人会社の代表取締役としてその代表者をも兼ねていた本件においては、前述の方法による送達により充分その目的が果され得るからである。もつとも上告人は、第一審被告多賀安郎は、第一審判決正本の送達を受けながら、これを上告人(後任代表者に対しての趣旨であろう)に秘匿した云々と主張するけれども、上告人会社の後任代表者が判決の言渡自体を知る機会を得なかつたとしても、それは、多賀と上告人会社との間の事情の然らしめるところであり、送達自体の適否に帰せられるべきことではない。
二、次に所論は、原判示の通り、必ずしも各当事者に個別に各通の判決正本を送達する要がないとしても、原判決は本件において、第一審の共同被告であつた上告人及び多賀安郎の両当事者に対して送達するものであることが、第一審判決正本の送達関係書類上明らかにされていた事実を確定することなく、第一審判決正本が適法に上告人に送達されたと判断したことは、審理不尽の違法があると謂うのである。たしかに原判決は、「判決正本及び送達関係書類にその旨を明記して、各当事者に対する送達である旨を明らかにする方法が採られているならば」という制限的説明をなしている。しかし、前段に判示するとおり、複数の共同訴訟人を名宛人として、しかも、そのうちの一人が他の共同訴訟人の代表者であることが明記されている判決書の正本がその者に現に送達されている限り、そのこと自体によつて、各共同訴訟人に対する判決正本の送達がなされたものと見るべきである。そのことに加えて、ことさら原判決のいうような明示方法は、本来必要でないと思われる(判決正本は、一般に「右は正本である。」という一句で認証をするのみであり、それが原告または被告中の何人に対し交付されるものであるかという区別の表示は、試みられていないのが実務の慣行であつて、そのことによつて別段の支障は認められないから、本件のような場合に特別の措置をとる必要がない。)。恐らく原判決は、本件記録に編綴されている送達報告書(第四三丁)によれば、昭和三七年八月一三日に被告東京遠藤青汁株式会社(上告人会社の旧商号)の代表者兼被告本人である多賀安郎を受送達者としての送達がなされたことが明らかにされていたというに在ると察せられるのに、その点原判文上には明示されていない。しかし、この点の瑕疵も、第一審判決正本の送達が適式になされたものとする当裁判所の前示結論に消長を来さないから、結局所論は、理由がない。
三、所論は上告人の前代表取締役多賀安郎の背任行為、即ち刑事上罰すべき他人の行為により控訴提起を妨げられたから、民事訴訟法第一五九条により追完が許されるべきであるのに、これを否定した原審の判断は失当であると謂うにあるものと解される。然しながら本訴は、多賀安郎が上告人の代表取締役であつた当時に同人を代表者として適式に提起されたものにかかり、その後同人の代表権の消滅について訴訟上相手方に通知がなされていない本件訴訟手続において、多賀安郎を上告人の代表者として扱うべきことは、前項で述べた通りであるから、同人の故意過失により上告人が控訴期間を徒過したことは、換言すれば当事者の責に帰すべき事由によるものと謂うべく、これを以て民事訴訟法第一五九条に謂う当事者がその責に帰すべからざる事由により不変期間を遵守すること能わざりし場合に該当するものと謂うことができない。(最高裁判所昭和二四年四月一二日判決、民集三巻四号九七頁参照)よつて原審が控訴期間の不遵守につき上告人の追完を許さなかつたのは相当であつて、所論は結局独自の見解にたつて、原審の正当な法令の解釈運用を攻撃するに帰し、採用できない。
(中西 室伏 安岡)